フロム『自由からの逃走』を読むための用語解説/ 二重予定説←カルヴィニズムの予定説 p70 |『自由からの逃走』11
予定説はキリスト教の神学において節目に見直される考え方です。予定説とは、”魂の救済は、人間の意志によるのではなく、神によってあらかじめ定められているとする考え”(山川出版社『世界史事典』)であるといいます。古くはパウロ、アウグスティヌス、ルター、カルヴァンが説きました。特にカルヴァンが説いた予定説は二重予定説と呼ばれます。二重予定説とは、救われる者と救われない者がともに神によって予定されているという説です。カルヴァンは現世の所業においてどちらに振り分けられているか、を人間が見極める方法はなく、ただ神のみが決定し知っているのだ、ということを言っています。しかしカルヴァンの死後、カルヴァン派の信徒は自分が救われる者に振り分けられている救いの確証を追い求めずにはいられませんでした。つまり、救われない側ではなく、救われる側にいるために倫理道徳を守って、世俗の仕事で成功を収めたとしたら、それを浪費せずに倹約してさらに投資に回すという行動の傾向が現れました。ルターにしろ、カルヴァンにしろ、善行は救いとは何ら関係がないことを強調する教説でしたが、カルヴァン派の信徒たちは救いの確証を実感するために善行を行ったわけです。
この二重予定説がまずあって、そこから起こる救いの確証の追求が資本主義発展の原動力になった、というのがヴェーバーの『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の主張の一つです。