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徹底的に物事をなし、没落せよニーチェ『愉しい学問』<序曲>への注釈7

2018/06/16
 
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哲学エヴァンジェリスト。 東洋哲学や西洋哲学問わず、面白い哲学をあなたにお伝えします。

どうも、哲学エバンジェリスト高橋 聡です。今日もニーチェの『愉しい学問』(別訳『悦ばしき知識』)の<序曲>への注釈を記したいと思います。なお、引用はすべて講談社学術文庫版『愉しい学問』森一郎訳からです。では早速見ていきましょう!

44番 徹底家

探究家だって? この私が? そんな言い方はやめてくれ−−

私はただ重いだけだ−−何ポンドもあるほどだ。

私は落ちに落ち、たえず落下し、

ついに地の底に達するというわけ。

探究家ではなく徹底家たれ

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探究家とはいかなる場所をも掘りにいく人のこと。対して徹底家とは重くそこに構えて動かずに、その下をひたすら掘り続ける人のことだ。井戸でいうなら、いろんな場所へ出かけていろんな場所で水が湧き出そうな場所を探し、たくさんの井戸を掘る人が探究家、ただ一つの場所にとどまって水が出るか否かに関わらず、ただ一箇所で深すぎる井戸を掘り続けるのが徹底家だ。徹底的に物事を掘り下げて見る人になれとニーチェは言う。

まとめ

”自らもつ徳を徹底的に磨け”。浮気せずに一心に物事をなせ。

47番 没落

「彼は沈む、今や堕ちてゆく」−−君たちは彼をあれこれ嘲る。

本当を言えば−−彼は君たちの元へと降りてゆくのだ。

彼のありあまる幸福が、彼には荷厄介となり、

彼の過剰な光が、君たちの闇を追い求める。

没落とは没落する者がより低いところへ降りていく下降運動である。没落する者は高いところから低いところへと降りてくるのだ。没落するものは嘲笑され、バカにされるが実は大衆のもとへ降りてきただけにすぎないのであって、ここで”君たち”と呼ばれる大衆こそ、本当は低いところにいるのである。

なぜ降りてくるのか

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一度は高みにいた彼(没落する者)が高みから降りてくるのだ。おそらく没落する者にすべての人が気を向けるわけではないだろう。だが、没落する者の語った言葉に反応する人は、新たな没落者として人々に語りかけることになる。

没落は悪いイメージでしか語られたことがないが、ニーチェは没落を良いことだという。思えば44番の絶えず落下して地の底に達するということも、没落もともに下降運動だ。結局高みにいるだけで没落しない人間は、ニーチェ流にいえば高貴な人間ではないのだろう。

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