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ソクラテスはいかにして友人の逃亡勧告を断ったのか|岩波文庫『ソクラテスの弁明 クリトン』久保勉訳 読書ノート4

 
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どうもこんばんは、高橋聡です。前回まではプラトン『ソクラテスの弁明』の読書ノートを全3回に渡り、お届けしました。

是非まだ読んでいない方はみてみてください。

今回はその『ソクラテスの弁明』の続編ともいえる『クリトン』の読書ノートを記したいと思っております。ソクラテスが死刑判決をうけた後、牢獄に収監されており、その牢獄にてクリトンが訪ねてきて、ソクラテスに逃亡勧告を行う場面から『クリトン』は始まります。

それでは早速その場面から読書ノートをみていきましょう。

『クリトン』

導入部(1,2)

1.クリトンの訪問

クリトンが死刑を待つソクラテスを訪問する

そしてクリトンがソクラテスに聖船の期間が迫っていることを知らせる

※聖船…アテナイ人はデロスへ聖船を送って、アポロンに供え物を献じた。その聖船がアテナイに還ってくるまでの間、アテナイでの死刑は実行されなかった。つまり聖船が帰還すれば、ソクラテスの処刑が実行される

クリトン:いや、まだ帰ってきたというのではないが、しかし今日中にも帰ってくるだろうと思うのだ。スニオンからやってきた、しかもそこで船を降りた人たちの話によると。この話で見ると、今日入ることは明らかだ。そうすると、ソクラテス、明日は君の一生の最後の日となるより外ないわけだ。(p64,65)

2.ソクラテスの夢の予言

ソクラテスは夢で三日後に冥府に行くとお告げされているため、聖船の到着が明日だと予言する

聖船がアテナイに入港された翌日に死刑は執行されるからである

ソクラテス:それじゃあ船から入るのは、今日ではなく明日だろうと思う。これは今夜ついさっき見た夢から推測するのだ。(p65)

脱獄・逃亡のすすめ(3-5)

3.クリトンがソクラテスに逃亡をすすめる

クリトンがソクラテスに逃亡をすすめる

クリトンが親友を失わないため、そして大衆から「金を惜しみ、親友を救うのを怠った」と指摘されてそしられることを避けるためである

しかしソクラテスはそんな気はないと提案を断る

ソクラテス:しかし、親愛なるクリトンよ、なぜわれわれはそんなに多衆の意見を気にしなければならないのだろう。(p66)

4.続くクリトンの説得

クリトンはソクラテスへの説得を続ける

クリトンはソクラテスの逃亡にかかる費用や、逃亡後の自分たちへの処罰などを気にかけているかもしれないが、そんな処理費用などいくらでもない

テバイのシミヤスやケベスなど外国の友人たちにもその用意はある

さらにテッサリアなどにいけば、ソクラテスは歓迎されると説得する

クリトン:だから、繰り返して言うが、君はこういう心配のために逃亡を断念してはいけない(p67)

5.死刑判決は不正で逃亡が最善の策だというクリトン

クリトンはソクラテスのしようとしていること、つまり死刑に甘んずることは正しいとは思えないという

ソクラテスの敵がソクラテスを滅ぼそうとする助けをソクラテス自身がやっていて、さらにソクラテスの息子たちを裏切ることもやっている

裁判から死刑への流れは自分たちの卑劣と臆病だという評判へと貶めるものであると同時に、皆に不幸・不名誉をもたらそうとするものだ

だから逃亡をはかってくれ、とクリトンは強く説得を続ける

クリトン:もう一つ、ソクラテス、君がしようとしている事は、僕には正しいと思われない。君は自ら救うことができるくせに我と我が身を犠牲にしようとしているのだ。(p68)

議論の前提となる合意、正・不正とは何か(6-9)

6.逃亡が正しい道に適うか

ソクラテスはクリトンの熱心さを尊重するけども、自身の逃亡が本当に正しい道に適っているかどうかをいえなければならない

ソクラテス自身は熟考の結果最善だと判断できる考え以外には従わない、といって問答を始める

大衆のすべての意見が尊重されるべきではなく、一部の知者の有益な意見のみ尊重されるべきという点で、ソクラテスとクリトンの二人は合意する

ソクラテス:僕は、今が始めてではなく常々も、熟考の結果最善と思われるような主義以外には内心のどんな声にも従わないことにしているのだから。(p69)
ソクラテス:そこで、クリトン、僕としてはもう一度君と一緒に研究して見たいのだ。(p70)

7.運動家の例と正・不正の類似点

運動家(スポーツマン)はあらゆる人の賞賛、非難、意見ではなくて、医者やスポーツ指導者の意見を尊重すべきである、という点でソクラテスとクリトンは合意する

逆にスポーツマンが多数の素人、大衆の意見を重視すれば、禍を被り、さらにその禍は身体にまで及ぶという点について、二人は合意する

このスポーツマンが一人の専門家の意見を重視するか、大衆の意見を重視するかの例えは、正と不正、美と醜、善と悪についても同様に当てはまるという点について、二人は合意する

ソクラテス:すると彼の見るべきはただ一人の人(専門家)の非難であり、また彼の喜ぶべきものはその[専門家の]賞賛であって、彼は多衆の非難や賞賛を気にしてはらないのだね。(p71)

8.正善美は一致する

われわれが専門家の意見に従わず、不健康な身体をしていては生き甲斐がない、という点について二人は合意する

不正によって培われた魂をしていてはもっと生き甲斐がない点でも、二人は合意する

これによりクリトンの「大衆の意見に首を傾ける」という姿勢は退けられる

最も大切なことは単に生きることではなく、善く生きることであり、また善く生きることと美しく生きること、正しく生きることと一致するという点でも二人は合意する

・ソクラテス:すると第一に君の主張で正しくないのは、正や美や善やその反対に関して、われわれは多数の意見を顧慮しなければならないといったことである。(p73,74)

・ソクラテス:また善く生きることと美しく生きることは正しく生きることと同じだということ、これにも変わりはないか、それともあるのか。(p74)

9.問答の開始

以上の二人の合意に基づき、逃亡するかどうかは現在の問答における正・不正のみを根拠とすることと、他の事情を顧みないことで二人は合意する

ソクラテスはクリトンに最善の反対説があれば述べてほしいと頼みつつ、議論を進行する

・ソクラテス:ところが僕たちは、とにかく理性がそう要求する以上、我々が今提出した問だけを考慮しなければならない。すなわち僕をここから連れ出す者に金銭を与えたり、謝意を表したりすること、また我々が自ら連れ出したり連れ出されるままになったりすることは、はたして正しい行為であるか、それとも、こんなことをするのはすべて、本当に不正な事であるかどうかということを。(p75)

・ソクラテス:しかしもしそれ(反対説の正義)が立たないならば、親愛なる友よ、アテナイ人の意志に反しても僕はここを逃げ出すべきであると、同じ忠言を繰り返すのはもうよしにしたまえ。(p75)

不正な報復の禁止(10)

10.不正な報復の禁止

不正はどんな事情や要件にも依存せず、それは常に悪や恥辱であることについて、二人は合意する

不正に報いるのに不正で行うことはすべきではないという点でも二人は合意する

誰かに危害を加えることも、危害を加えられたときに危害で返すことも、どちらも悪で蟻、かつ不正と同じであるという点で、二人は合意する

何人に対しても、不正を行うこと、不正に報復すること、危害を加えられたとき危害で返すことをしてはならない点で二人は合意する

他人に正当な権利として承認を与えたことは、尊重すべきという点も二人は合意する

ソクラテス:して見ると人は、何人に対してもその不正に報復したり、禍害を加えたりしてはならないのだね、たとい、自分がその人からどんな害を受けたとしても。よく用心したまえ、クリトン、この事を承認する結果、君が自分の信念に反することを承認することにならないように。というのは、この信念を抱く者、または抱くであろう者が極めて少数に過ぎないことを知っているからだ。(p77)

国法・国家の存続(11)

11.国法・国家の存続

ソクラテスは国家の同意を得ずに逃げ出せば、自分たちは最も加えてはならないもの(国家や国法)に危害を加えることになるのかどうかについて、クリトンに問う。
クリトンは答えにつまる

ソクラテスは国家と国法を擬人化して、「ソクラテスは国法や国家全体を破壊することを企てているのではないか、一度下された国法の決定が何の実行力もなく、私人によって無効にされ破棄されても、国家は存立し、転覆されずにすむだろうか?」と問わせる

他方で「国家が自分たちに不正を行って、正当な判断を下さなかった」というのか、をクリトンに問う

クリトンは後者に同意する

ソクラテス:では、その結論から推して考えて見たまえ。国家の同意を得ずに、ここから逃げ出せば、僕達は誰かに、しかも最も加えてはならないものに、禍害を加えることになるのか、それともならないのか。また僕達は、自ら正しいと承認したことにあくまでも忠実であるといえるのか。それともいえないのか。(p78)

国法・国家との合意(12-14)

12.国家・国法との合意

ソクラテスは国法の言い分として「ソクラテスよ、我々との合意はそんなことだったのか。それとも国家の下すいかなる判決にも服するとおまえは誓ったのではなかったのか」と問わせる

さらに「ソクラテスのいかなる苦情があって、国家や国法を滅ぼそうとするのか。我々国法の保護下でお前の両親は出会い、結ばれ、お前が生まれ、育てられ、教育された中に何か不満があるのか」ソクラテス「全くありません」

国法「お前は祖先が我々の産み子、臣下として属したことは否定できるのか」

「お前は我々国家・国法と同等の権利をもち、我々の行為に対して報復する権利があると思っているのか」

「父親や主人に対しても報復の権利はないのに、祖先・両親より尊ばれ、畏敬され、神聖な国家・国法に対しては、報復する権利があるというのか」

「人は祖国を敬い、父親よりも従順に従い、なだめるべきである」

「祖国が命じるものは、どんなものであれ黙って忍従すべきであり、持ち場の放棄をせず、どの場所においても祖国の命ずるとおりに実行しなくてはならない」

「真の法の要求に沿って考えを改めないといけない」

「暴力を用いることは、祖国に対しても用いるのは、罪悪のきわまりではないか」など語らせる。

クリトンも国法の言い分には同意する

・ソクラテス:クリトンよ、僕達はこれに対してなんて答えるべきだろう。国法のいうところは本当なのか。それとも、そうではないのか。

・クリトン:僕には本当だと思われる。(p81)

13.三重の不正

ソクラテスは続けて国法に語らせる

「我々はすべてのアテナイ人に対して、一人前の市民隣、国家の実情、法律を観察したときに、万が一その市民の意に適わなければ、全財産をもって好きなところに行くことができることを宣言している。実際植民地や外国に移り住むことを妨げるものは何もない」

「したがって、ここアテナイに留まっている者は、国家の命令をすべて履行することを、その行為によって約束した者である」

「したがって、祖国・国法に服従しない者は、三重の不正を行う者だ。

第一には、生を与えた祖国に服従しないこと。

第二には、すべてのアテナイ人の養育者である国家に服従しないこと。

第三には、国法や国家に間違った行いがあったときに、説得によってこの間違いを改めさせないこと。

この三つの不正を犯している」

「国家・国法は命令を提議するだけで、それを履行するか、非を悟らせるか、その二者択一の権利を与えているのに、不正者はどちらも実行しない」

14.祖国に不正するソクラテスへの非難

国法はさらにこう言うだろう

「ソクラテスが現在の企てを遂行すれば、このすべての非難に最大限該当することになるだろう」

「ソクラテスはアテナイの市民として生活し、他国に興味を持たず、この国家に満足し、さらに裁判中には追放刑を提議せず、死を選ぶと宣言した」

「それを今さら撤回し、合意を破棄して最も恥じな奴隷的ふるまいをしようとしている」

「まずはソクラテスのこれまでの行為によって、国家や国法に従って市民生活することに用意しながら主張が正当であるかどうかを答えなさい」とクリトンに問いかけさせる

クリトンはしぶしぶ同意する

ソクラテスは続ける

「ソクラテスは70年間もの間、アテナイを愛し、この国家と国法を好んできた」

「それなのにこれまでの合意を守らずに逃げ出したならば、ソクラテスは自分自身を物笑いの種にすることになる」

ソクラテス「しかるにあの時お前は、死ななければならぬことになってもあがきはしないと高言を吐き、むしろ追放よりも死を選ぶといったのだった」(p84)

国家・国法との合意の破棄(15,16)

15.国法との合意の破棄のゆくえ

さらにソクラテスは国法に語らせる

「ソクラテスがこれまでの合意を無視して逃げ出せば、友人が追放刑に会い、財産没収の危険にさらされる。さらにソクラテスがテーバイやメガラなどの都市へ行ったとしても、その国の者たちはソクラテスは国法・国家の破壊者として疑いの目をもって見るだろうし、裁判の結果が正しかったことだと判断するだろう」

「そのような秩序ある国や正しいことを好む人びとを避けて、生きながらえたとして、お前に生き甲斐などあるだろうか」

「厚顔無恥にもそういった人々のところにおしかけて、お前は徳や正義、制度と法律、最高の価値などについて語ろうとするのか」

「テッサリアのような治安の悪い無秩序な都市へ行き、自身の体験を笑い話としてその地の人々を喜ばせて、彼らの機嫌をとって奴隷のように生きるのか」

「子供たちのために生きながらえるというのなら、テッサリアに連れていって、養育するのか」

「子供たちをアテナイに残したとしても、ソクラテスが生きていなければ子供を助けてくれる友人たちは本当に助けてくれないというような信用ならない者たちなのか」

16.国法・国家との合意の遵守と正義を守ること

「だからソクラテスは、国家や国法の言葉に従い、何事も正義以上に重視するな」

「冥府についたときに自ら弁明できるように」

「ソクラテス自身にも、すべての関係者にも、正義以上の幸福はない」

「このまま世を去るなら、人間から不正を加えられた者としてソクラテスはこの世を去ることになる」

「だがもし逃亡すれば、不正に不正を、危害に危害を加えて返すなら、国家・国法はお前の存命中、お前に怒りを抱くだろう」

「だからクリトンに説得に応じず、我々国家と国法の言葉にしたがえ」

終幕(17)

17.ソクラテスは以上の言葉が耳の中に響き、他の音を聴こえなくさせる

だからクリトンが何をいっても空語に帰するという

クリトンは何も言うことがないと言って、説得をあきらめる

ソクラテス「では我々はこの通りに行動しよう。神がそちらに導いてくださるのだから」

クリトン:いや、ソクラテス。僕はもう何も言うことはない

ソクラテス:クリトン、じゃあよろしい。では僕達が僕がいったように行動しよう。神がそちらに導いて求めるのだから。(p88)

※ソクラテスのいうダイモニオンの声は実は国家・国法の声だというオチが含意されているのではないか

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