人文科学系、主に哲学の専門用語の解説を中心とした雑記集

すべてが偽モノはありえない:『はじめて考えるときのように』のメッセージ

 
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哲学エヴァンジェリスト。 東洋哲学や西洋哲学問わず、面白い哲学をあなたにお伝えします。
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こんにちは!
草の根平和推進者 平高橋聡です!
皆さんは、現代の哲学者 野矢茂樹先生をご存知ですか?
東大の先生なのですが、面白い本をいっぱい書いています。
『はじめて考えるときのように』という著作があります。
今日はその『はじめて考えるときのように』からメッセージをお伝えします。
野矢茂樹『はじめて考えるときのように』疑いの足場
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たとえば、いまぼくのサイフの中に入っているお札は
ニセ札かもしれない。そういう可能性はある。
だけど、想像力をたくましくしてほしい、
ありとあらゆるお札がぜんぶニセ札かもしれないなんて
可能性はどうだろう。
そんなことはありえない。
そうきっぱり言える。そこんところをわかってほしい。
だって、ニセ札っていうのは本物があるからこそ
言えることでしょう。
本物のお札がないのにニセ札だけあるっていうのは、
それは無理だ。
次のことばをじっくり味わってみよう。
「マチスの絵はぜんぶ贋作でした」
文字どおり、ぜんぶ、ぜんぶが贋作。
あえりえないよね。
//    PHP文庫
 
あなたへのメッセージを取り出しましょう。
あなたは何事かについて疑うこともあるでしょう。
たとえば、あなたが持っているお札がニセ札であることを
疑うとしましょう。
でも、ホンモノのお札がなければ、ニセ札は存在しない。
だから、ホンモノとニセモノの差を確認したうえで、
あなたはホンモノを見分けないといけないわけです。
ここで、最も非生産的な発想が、すべてを疑って、
すべて信じられなくなる不信です。
ホンモノがなければ、ニセモノはないのですから、
当然、あなたが探しているホンモノは必ずどこかにあるのです。
だから、あなたはホンモノを探し続けないといけません。
その努力を怠るなら、あなたの探し続けたものも
ニセモノに落ちてしまいます。
だから、ぜんぶがニセモノなのはありえない。
心配して、立ち止まりすぎるよりも、
ちゃんとホンモノがある希望を捨てずに邁進しよう。
ちょっとずつでもいいから進もう。
そういうことです。

最後まで、読んでいただきありがとうございました。


 

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