人文科学系、主に哲学の専門用語の解説を中心とした雑記集

池上俊一「中世都市と水」

 
この記事を書いている人 - WRITER -
哲学エヴァンジェリスト。 東洋哲学や西洋哲学問わず、面白い哲学をあなたにお伝えします。
詳しいプロフィールはこちら

『未来のなかの中世』所収
 現代に比べ、中世ヨーロッパでは水が大きな監視と懸念の的になっていた。水の取り合いで争いも絶えなかった。また水は交通手段、すなわち水運としても利用された。水は中世最大の政治的イシューのひとつだった。
 10世紀頃には、水に対しても封建的権利を主張する身分・団体が現われたが、12世紀松から13世紀にかけて、水に関する権利を「公共の権利」として都市当局が接収し出す。
 中世において、もっとも清潔で安全な水は、「雨水」であった。次いで井戸水・地下水、きれいな川の水であった。
 水は人間の想像力を強く喚起する物質でもあった。泉、湖が異教的風習にも関わらず崇拝され、文学や絵画にも頻繁に登場した。そこでは中世期族の恋愛や性と水のイメージが密接に結びついていた。対して、ネガティヴな水のイメージ、死と罪の水のイメージも存在した。
 シエナと水とのかかわりあいについて見ていくことにする。水の供給は、都市生活の維持にとって死活問題であった。食用・工業用に大量の水が必要であったが、シエナの周辺には大きな河は存在しない。
 シエナの水を語る際に最も重要な技術作品が、地下水路・ボッティーノと泉・フォンテである。TVの特集などでも見たことがあるが、それは余りにも芸術的なもので、神聖ローマ帝国皇帝カール五世をして「シエナの地下都市は、地上よりも美しい」と言わしめたほどである。
 シエナのボッティーノは、総計25キロもの分支流と導水路を擁し、当時の技術の粋を集めて作られた。掘り始められた頃はヒット率は低かったが、時とともに計画率を強めてヒット率も高くなった。
 1340年代がボッティーノ建設の飛躍的画期となった。人口が増加し、毛織物業・皮革業などが発展したが、それらには大量の水が必要だった。そこでボッティーノが掘られることになったが、対費用効果は乏しく、幾度も中断を余儀なくされた。
 14世紀後半になると、都市の統治者たちは、市内の水の管理と公共フォンテ建設に集中的に乗り出した。
 かくして15世紀には25キロもの地下水道をもつことになったが、下水道は整備されなかった。道路の中央や脇に汚水が流れ悪臭を漂わせ、窓から台所ごみや汚水を投げ捨てるのになんの躊躇もなく、通行人を直撃しないように大きな声で注意を促してから捨てさえすればお咎めもなかった。
 フォンテはボッティーノから引いた水を市民が使用できるようにする泉である。そこでは食事、飲み水、工業用水のほか、動物の水飲み場、選択上、皮鞣しと毛織物業者の水槽、野菜洗い場というように水槽はいくつにも区画されていた。都市の命綱であったフォンテの管理は厳重になされた。
 また、「快楽としての水」として、都市城壁外の農村地域には、いくつもの「温泉」「水浴び場」が存在した。そこでは、「楽しい娯楽も欠けてはおらず、恋が芽生え、芸人が歌い踊り、皆、賭け事やゲームを興じ」たのだった。
 水はその稀少性ゆえに、イメージ世界で伸び広がっていった。水は女性原理と結びつく。異郷の女神ディアーナの名をもつ幻の川を追求して地下を掘り進んだが、ついには見つけることができなかった。
 女性的な原理である水は、女性においてそのイマジネーションを刺激した。14世紀後半のシエナの聖女カテリーナは水を2種類にわけ、メッセージを伝えようとした。一方に「虚偽の水」が、他方に「真実の水」「恩寵の水」が語られる。
 前者は。悪魔がつかさどるもので、人を溺れさせ困憊させ、互いに憎悪させ、堕落や懊悩、永遠ののろいに導くものとされる。河とは、何よりもまず、「罪」あるいは罪と虚偽にみちた「現世」の隠喩であった。
 他方、救いをもたらす水とはどんなものだろうか。「平和の海」とよばれるもので、神の象徴である。これは忍耐をもって上昇家庭をたどった者に、衛生を授ける「恩寵の水」である。その「平和の海」は、魂が神への愛と隣人愛とに満ちて、多くの真実と美徳の仲間となり、隷属的恐れの自己愛から知性の光の段階へと進み、そして最大の完徳をうることを暗喩している。
 「皆さんも身近なものを手がかりに中世世界を探索し、そしてあらためて現代の諸問題を考えてみられてはいかがでしょうか」と筆者は最後にこう言っている。

この記事を書いている人 - WRITER -
哲学エヴァンジェリスト。 東洋哲学や西洋哲学問わず、面白い哲学をあなたにお伝えします。
詳しいプロフィールはこちら

Comment

  1. 退会したユーザー より:

    水にそんなに豊富なイメージが・・・わヴぇさんは水にどんなイメージをお持ちですか?

  2. たかはしさとし より:

    私も漠然と水が生と死を両方つかさどるイメージを持っていましたが、ここまで二極化されたイメージを持つことはなかったです。

- Comments -

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

Copyright© ニーチェマニア! , 2010 All Rights Reserved.