b 自分が絶望であることを自覚している絶望。したがって、この絶望は、うちに、ある永遠なものを含む自己というものを自分がもっていることを自覚しており、そこで、絶望して自己自身であろうと欲しないか、それとも、絶望して自己自身であろうと欲するか、そのいずれかである
「意識的な絶望には、一方において、絶望が何であるかについての真の観念が要求される。そして他方においては、自己自身についての明瞭さが要求される」。
「意識の度は絶望の度を強める。」絶望していると意識する度合いが強ければ強いほど、当然絶望の度はそれだけ強い。
「以下においてわたしは、意識された絶望のふたつの形態を研究しようと思うのであるが、それと同時に、絶望が何であるかについての意識の上昇、および自分の状態が絶望であることについての意識の上昇、あるいは、要するに同じことであってまた決定的なことでもあるが、自己についての意識の上昇が示されるであろう」
「ところで、絶望していることの反対は、信仰である。」
絶望して自己自身であろうと欲しない場合、つまり弱さの絶望と、絶望して自己自身であろうと欲する場合、つまり反抗について見ていく。絶望して自己自身であろうと欲する場合は二つに分けられ、地上的なものについての、あるいは、地上的なあるものについての絶望がまず取り扱われ、次に永遠なものにたいする絶望、あるいは、自己自身についての絶望が取り扱われる。これらは叙述が後にあればあるほど、意識の度合いも強く、絶望の度も強い。
『死にいたる病』14 1-C-B-b(1-3-B-b)
mixi日記
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