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歴史とは何かを考える-歴史とは未来と過去との不断の対話である

2020/08/06
 
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どうも、高橋 聡です。今日は岩波新書のE・H・カー著清水幾太郎訳『歴史とは何か』を取り上げて、歴史について考えます。ぼくは大学時代東洋史学を専攻していましたので、この書を大学でまずはじめに読んだ、といっても言い過ぎじゃないくらい懐かしい書物の一つです。

今でも歴史学の初学者向け講義を受けるとよく取り上げられる本書は、歴史哲学の名著です。イギリスの歴史家であるE・H・カーは、ロシア革命からソビエト連邦などの外交史研究で名の知れた人物であり、歴史家として有名になるまでは外交官をしていました。

そんなカーが語る「歴史とは何か」?まず一つ、カーの言葉を引用してみましょう。

歴史とは歴史家と事実との間の相互作用の不断の過程であり、現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話なのであります。

この言葉について少し考えてみましょう。歴史を記述するのは当然歴史家です。歴史家は歴史的事実を扱います。ところが歴史的事実には常に歴史家の解釈が入り込みます。歴史家が歴史を語るとき、ただ事実を語るだけではなくて、常に事実とは何かを考えて、新しい事実や埋もれていた事実とのつながりを考慮して、事実を解釈してから確定しようとします。これが歴史家が事実を確定する歴史家から事実への作用となります。

ところが新事実という言葉があるように、今まで考えられていた事実への解釈が変わらざるをえないことがあると、歴史家は当然事実に対する解釈を変えなければなりません。これが歴史的事実から歴史家への作用です。かーは「歴史家と事実との相互作用」といっていますから、この二つの相互作用が常に行われる場こそ、歴史なんですね。

次の節の言葉も考えましょう。「現在と過去との間の尽きることを知らぬ対話」とは、歴史家が生きる現在と、歴史的事実があった過去との対話といった意味です。現在の状況が変われば過去の事実への解釈が変わることはもちろんあります。逆に過去の事実に新しい解釈が生まれれば、当然現在の歴史的位置付けも変わってくるでしょう。このように、歴史とは現在と過去との対話によって営まれる場なのです。

さらにかーは語ります。引用しましょう。

むしろ、歴史とは過去の諸事件と次第に現れてくる未来の諸目的との間の対話と呼ぶべきであったかと思います。

現在というのは、実は常に未来の諸目的を含んでいる、とカーは指摘します。この指摘はとてもするどい時間感覚だと思います。今生きているのは、結局未来、もっといえば死に向けて生きているといったのはドイツの哲学者ハイデガーですが、その死までに目的をたくさんもち、生きるのが人間です。これについてちょっと考えてみましょうか。今はコロナのことが話題になっています。コロナを終息させるまで、どう過ごすべきか常に問われていますね。ここにはコロナウイルスによるショックを乗り越えるという未来の目的を含んでいます。だからこそオリンピックを今中止する判断をするわけです。コロナのことが気にかかるまでは、日本は特に東京オリンピックをどううまく開催していったらいいかという未来の目的をもっていましたね。つまり現在は複数の未来の目的を常に含んでいて、歴史が問題になるときは実は未来の目的が大事だ、というのがカーの指摘なんですね。

そして歴史とは過去の所持権と未来の諸目的との間の対話だと言えるわけですね。

本書を読むことで歴史とは何かを考えるきっかけとなるだけではなく、社会と個人の関係とか、因果関係について詳しく考えることができます。まさに名著。

まとめ

本書は現在の歴史家のスタンダードな考え方というわけではありません。とはいえ、とても歴史に対して大きな貢献をなしてきた本書なので、読む価値は大いにあります。歴史学の古典として受け継がれる本書を、ぜひあなたも読んでみましょう。

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