人文科学系、主に哲学の専門用語の解説を中心とした雑記集

ドイツ観念論の哲学4 ヘーゲル3

2021/05/13
 
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どうもこんばんは、たかはしさとしです。今日は眼鏡を取りに行っていました。眼鏡を取りに行ったといっても、めちゃくちゃ視力が悪いわけじゃないんです。でも目が疲れがちだと思ったので、眼科にかかって処方箋を書いてもらい、眼鏡をつくった次第です。かけてみた感覚としては、よりすっきり見えて少しだけあったぼやつきがなくなった感触でとても満足しております。あなたは眼鏡とかコンタクトとかかけていますか?視力は大丈夫でしょうか?


前回の記事

さてそれでは内容に入りましょう。前回はヘーゲルの用語編1ということで、ヘーゲル哲学の重要な用語についておさえていきました。今回も用語編2をお送りする予定ですが、その前に前回の記事のリンクは以下にあります。



まだ読んでおられない方は、ぜひお読みになってくださいね。


本日の用語

本日取り上げるヘーゲルの用語は、人倫、法、道徳、家族、市民社会、国家、欲望の体系、人倫の喪失、人倫の完成、相互承認、『精神現象学』、『法の哲学』を取り上げます。ヘーゲルの用語はここまでなので、安心してくださいね。それではさっそく用語の解説に移ってまいりましょう。


人倫・法・道徳

ヘーゲルにおける人倫とは、自由な精神が客観的社会制度、組織となって具体化されたものをさします。人倫は、人間の社会関係の抽象的な形式であると、個人の主観的な確信である道徳とを統一したものです。人倫は家族→市民社会→国家の三段階で発展していくとヘーゲルは考えました。


家族

家族は人倫の出発点です。家族とは、愛情によって結ばれた集団、共同体のことです。個人の人格の独立性はまだ自覚されません。


市民社会・欲望の体系・人倫の喪失

ヘーゲルによると市民社会とは、家族から独立した個人が、自己の欲望を満たすため、利益を追求するけいっざい社会のことをさします。成員各自が欲求を満たすための経済活動を優先して行うので、欲望の体系とも呼ばれます。個人は別の個人と互恵的に依存していますが、自己の利益を優先しますので、結果的に家族の結びつきが失われた人倫の喪失という状態に陥るのです。


国家・人倫の完成

国家とは、市民社会で失われた人倫が再び統一された人倫の完成の場である、とヘーゲルは主張します。家族の共同性と市民社会の個人の自由と独立を止揚した共同体こそ国家であり、共同体の普遍性と個人の個別性がどちらも保たれた人倫の最高の形態である、とヘーゲルはいいます。ここに個人は国家の成員としての自由で理性的な自己を実現するのです。


相互承認

相互承認とは、自己が他人に認められるとともに、他人を認め、お互いの自己を承認しあいながら存在する状態のことです。ヘーゲルは1つの自己意識はほかの自己意識から承認されてはじめて存在することができると考えました。そして、自己意識を相互に承認しあう共同性の中でとらえました。自己は他者との関係の中で自己を意識して、他者の承認を介して自己を知る、ということです。


『精神現象学』

ヘーゲルの主著である『精神現象学』は、ヘーゲルがオリジナルな独自の哲学を説いた最初の書籍です。1807年刊行。精神が提示の意識の段階からより高い自覚の段階へと進みます。そして最終的に、自己を対象として自己を知る絶対知へと至る弁証法的な展開の軌跡を追う名著であります。


『法の哲学』

ヘーゲル晩年の主著である『法の哲学』は、ヘーゲルが人倫についた著作です。1821年刊行。客観的精神が現実の中で法・道徳・人倫の三つに具体化され、その人倫はさらに家族→市民社会→国家の三段階をへて弁証的に発展することが説かれています。マルクスに特に影響を与えました。

以上、本日の用語はここまで。次回はヘーゲルのまとめです。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

眼鏡をかけたたかはしさとししるす

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