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裁判の判決が出た後も一歩も引かないソクラテス|岩波文庫『ソクラテスの弁明 クリトン』久保勉訳 読書ノート3


どうもこんばんは、高橋聡です。今回も『ソクラテスの弁明』の読書ノート第三弾を公開したいと思います。

以前の記事はこちら。

まだ読んでいない方は是非読んでみてくださいね。

それでは早速内容に入っていきましょう。

刑量をめぐる弁論(25-28)

意外な結果(25)

25.意外な結果

有罪判決は予想通りである

ただしもっと多数差がつくと思っていたが、僅差だった

メレトスには今でも無罪放免になっているだろうと思う

アニュトスとリュコンが告発者に名を連ねてなければ、メレトスは罰金5000ドラクメを払わないといけなかっただろう

しかしその主なるものは、この結果が私の予期に反したものではなかったことである。(p49)

プリュネタイオンにおける食事の提議(26,27)

26.刑罰ではなく良きふるまいを受けるべき

告発者は死刑を提議している

それに対して何を提議すべきだろうか

何人にも善良、賢明になるようにアテナイ市民を説得するようにつとめてきた私ソクラテスが受けるべき賞罰は、良きものであるべきだ

プリュネタイオンにおける食事の提議がここではふさわしい

何となれば、彼は諸君を幸福であると見えるようにするだけであるが、私はそうあるようにさせるのだからである。(p50)

27.食事以外にできる提議がない

これは傲慢からいうのではない

私ソクラテスは決して故意に不正を行ったことがないと確信している

しかし、それを諸君に信じさせるには時間が短すぎる

正直なところ、不正を行っていない人間に対して提議する刑罰が思い浮かばない

投獄されて奴隷となるか、ただそれが私には何になるだろう

罰金を払うにもお金はない

追放されても町々で同じことを繰り返すだろう

・私はいかなる人に対しても決して故意に不正を行ったことがないと確信している。(p50,51)

・こういうわけで私は決して何人にも不正を行わないと自ら確信しているが故に、私はまた、自分自身に不正を行って私が何か悪報を当然受くべき者であるかのように自ら罪を宣し、そうして私に対しそれ相応の罰を提議するが如きことは、思いも寄らないのである(p51)

・なぜなら、私がどこに行くにしても、ちょうどここと同じように、青年たちが私の言説を傾聴するであろうことを、よく知っているからである(p52)

姿勢の変更の拒否と罰金30ムナの提議(28)

28.姿勢の変更の拒否、罰金30ムナの提議

追放で静かな生活を送ることなど、自分自身には決してできない

姿勢の変更は神命に背くことだし、人間が最も幸福な生き甲斐は日々特について語ること、つまり魂の探求にほかならない

金があれば罰金として提議するが、私ソクラテスは一文無しだ

銀1ムナくらいなら払えるが、プラトンやクリトンなどは罰金30ムナの提議をしてくれというので、彼らを保証人としてたてるのでこれを提議する

もしまた私が人間の最大幸福は日毎に特について、ならびに、私が自他を吟味する際にそれを触れるのを諸君が聴かれたような諸他の事柄について語ることであって、魂の探究なき生活は人間にとり生き甲斐のなきものである、というならば、私の言葉は諸君にいっそう受け取り難いであろう。(p52)

死刑確定

本文にはないが、ここで刑量確定の投票が行われる

約360対140の多数をもってソクラテスの「死刑」が確定する

「死刑判決」を受けて(29-33)

「有罪・死刑投票をした人々」への忠告(29,30)

29.有罪投票をした人たちへの忠告

死刑投票をしたアテナイ人諸君は、高齢で死まで長くない私ソクラテスの死をまつ辛抱が足りなかったために、賢人ソクラテスを死刑に処したという汚名と罪科が科されるだろう

諸君を批判しようとする人々は、ソクラテスを賢人と呼ぶだろうからである

諸君は私ソクラテスが有罪になった理由は「言葉の不足」だと思うだろう

言葉の不足とは、有罪宣告を免れるための言葉での諸君への説得のことである

しかし私にいわせれば、そんなものは「厚顔と無知と、諸君を動かそうとする意図の不足」である

私ソクラテスは危険があっても泣きわめいたりせず、賎民らしい振る舞いはすべきでないと信じていて、後悔などない

死を免れることは困難ではない

むしろ悪を免れることのほうが困難なのだ

私は死に追いつかれ、諸君は悪に追いつかれた

・というのは、諸君を批議せんと欲する人々は、実際そうでないにもかかわらず、私を賢人と呼ぶだろうからである。(p53)

・むしろ私はかくのごとき弁明の後に死ぬことを、そんなにまでして生きることよりも、遥かに優れりとする。(p54)

・否、諸君、死を免れることは困難ではない。むしろ悪を免れることこそ遥かに困難なのである。(p54)

30.死刑投票した人々への予言

私ソクラテスを有罪、と断じた諸君への予言

諸君は少しのち死刑より遥かに重い刑が科されるだろう

諸君は諸君の生活について弁明を免れるために今回の行動に出たが、結果はその意図とは全く反対になるだろう

ソクラテスが阻んでいたような若い問責者が、諸君の前に現れて諸君を悩ますだろう

正しくない生活に対する批議を、そのような批判者を殺害することで阻止しようとする手段は、成功も困難で立派でもない

最も容易で立派な手段は、自分自身で善くなるよう心掛けることである

・私に死を課したる諸君よ、私は敢えて、諸君に言う、私の死後直ちに、諸君が私に課したる死刑よりも、ゼウスにかけて、さらに遥かに重き罰が、諸君の上に走るであろう。(p55)

・最も立派で最も容易なのは、他を圧伏することではなくて、出来得るかぎり善くなるように自ら心掛けることである。(p55)

無罪投票をした人々への言葉(31-33)

31.無罪投票をしてくれた諸君へ

無罪投票をしてくれた諸君へ

「ダイモニオンの声」が今回の件で一度も現れなかったので、今回の件はきっと善いことである

死を禍であると考えるのは間違っている

・しかるに今日のこの事件においては私が何をしても何を言っても、それは一度も制止したことがなかったのである。(p56)

・では私は何をその理由と考えているのか。それを諸君に話そう。今私の身に降りかかったことはきっと善い事であると思われる。それで私たちの中で死を禍であると信ずる者は皆たしかに間違っているといわねばならぬ(p56)

32.死の利点

また、死は一種の幸福であるという希望に以下の理由もある

死は「純然たる虚無への回帰」か「生まれ変わり、あの世への霊魂の移転」のどちらかである

前者ならば、死は感覚の消失であり、夢一つさえ見ない限りに等しいものであり、おどろく利得である

後者ならば、数々の半神、偉人たちと冥府で逢えるのだからすごい幸福である

・またもしそれがすべて感覚の消失であり、夢一つさえ見ない限りに等しいものならば、死は驚嘆すべき利得といえるであろう。(p57)

・これに反して死はこの世からあの世への遍歴の一積であって、また人の言う通りに実際、すべての死者がそこに住んでいるのならば、裁判官諸君よ、これより大いなる幸福があり得るであろうか。(p57)

33.おわりのことば

裁判官諸君よ、楽しき希望をもって死に面し、「善人に対しては生前・死後どちらでもいかなる禍害もおこらないこと、神々が決してその善人のことを忘れることがない」という真理を認めることが大事である

私は自分に有罪を宣告した人々に対しても、また告発者に対しても少しも憤りを抱いていない

なお、私の息子たちが成人した時には、私ソクラテスが諸君にしたように、息子たちを叱責、非難して悩ませてやってほしい

人間として追及すべき徳を念頭におくように、ひとかどの人間でもないのにそうした顔をしないように

しかし去るべき時が来た

私は死ぬために、諸君は生きながらえるために

両社のうちどちらが良い運命に出会うかは、神のほか知る者はいない

今私に降りかかってきたことなども、決して偶然の仕業ではない。私はむしろ今死んで人々の困苦を逃れるほうが明らかに自分のためによかったのであると思う。(p59)

以上、読書ノート回は終了です。次回は『クリトン』の読書ノートか書評などを書きたいと思います。最後までお読みいただきありがとうございました。

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