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フロム『自由からの逃走』を読むための前提知識まとめ/フランクフルト学派と新フロイト主義|『自由からの逃走』2


本書を開いてすぐ、カバーの端にあたる部分に著者紹介があります。そこに出てくる単語で、フランクフルトと新フロイト主義というのがフロムの思想においてとても大事な位置を占める言葉です。一つずつ解説します。

フランクフルト

本書の解説などには触れられていませんが、フロムはユダヤ系ドイツ人です。第二次世界大戦以前のドイツにおいて、最大のユダヤ人コミュニティがあった場所がフロムの出生地、フランクフルト・アム・マインです。ナチスがユダヤ人を強制収容所に収監した際の体験談(ヴィクトール・フランクル『夜と霧』が最も有名)をお聞きになったりお読みになって知っている方も人間塾には多いと思います。強制収容所に入れられたユダヤ人が最も多く住んでいたドイツの都市がフランクフルト・アム・マインですから、ここは私の推測ですけれども、フロムの親戚、知り合い、友人もかなりの人が強制収容所に送られて亡くなったのかもしれません。

ともかくフロムという人はユダヤ人でのちに述べるようにマルクス主義を研究していた時期もありましたから、ヒトラー率いるナチズムのユダヤ人政策には憤りを覚えていました。なぜこのような蛮行が許されるのか、その蛮行を行う政権が成立するのを許してしまったドイツ人の心理的特性はどうなっているのか、というところが本書の執筆の大きなきっかけになったのはほぼ間違いないでしょう。ちなみにフロム自身は危険がさしせまった際にアメリカに亡命しております。

それはさておき、フランクフルト・アム・マインで育ち、フランクフルト大学の精神分析研究所で講師として教鞭にも立ったフロムが属し、のちに除名される学派がフランクフルト学派です。この学派について少し解説を加えておきます。

フランクフルト学派に所属する学者として有名なのが、テオドール・アドルノ、マックス・ホルクハイマー、ヴァルター・ベンヤミン、ヘルベルト・マルクーゼ、ユルゲン・ハーバーマス、そしてフロムです。フランクフルト学派成立の前史にあるのが1924年にフランクフルト・アム・マインで設立されたフランクフルト社会研究所という組織でして、これはマルクス主義を発展的に研究していこうという集まりです。いわばドイツにおける左派研究の一大拠点であり、当然ナチスからは目をつけられていて、実際に1933年にナチスの突撃隊から襲撃を受けて研究所は閉鎖されます。

 ナチス政権下においてドイツで左派勢力は弾圧されていたため、ホルクハイマーの亡命先であるニューヨークにおいて社会研究所を再開します。これをもってフランクフルト学派成立の年とする研究が多いです。

 当然マルクス主義者の集まりなので社会主義、共産主義の要素はかなり含んだ学派にはなります。特徴を申しますと、マルクスの理論にドイツの社会学(特にマックス・ヴェーバー)の考え方、フロイトの精神分析、マルクス以前のヘーゲルの弁証法理論を取り入れて、啓蒙主義や資本主義を批判する社会学、哲学、心理学などの学者の集まりです。ソビエト・レーニン流のマルクス主義はマルクスの『資本論』を絶対正義とするような考え方なのに対して、フランクフルト学派のマルクス主義というのは、『資本論』に足りない部分、ない部分を補足する際にいろんな考え方を取り入れてよい共産主義思想を作り上げようとする考えがベースにあります。

 このフランクフルト学派の理論的な基礎となる思想を提供したのが、西欧マルクス主義と呼ばれたルカーチとグラムシの思想です。グラムシはここでは触れませんが、ルカーチはハンガリー出身の哲学者で、ハンガリー革命に従事し、のちにハンガリーの教育文化大臣を歴任するなどした政治家でもあります。ヘーゲルの弁証法、『資本論』以前のマルクスの思想、特に『経済学哲学草稿』の考え、マックス・ヴェーバーの理解社会学の良いところをとって集めたような側面がある理論だと押さえておいてもらえれば良いです。

新フロイト主義

一方フロムはフロイトの精神分析(のちの用語解説参照)の手法を社会全般に適用して考えようとした新フロイト主義の代表的な心理学者ともいわれます。新フロイト主義は新フロイト派とも呼ばれます。ホーナイやフロム、サリヴァン・カーディナーなどの精神分析を社会的要素に適用されようとした学者に与えられた呼称であって、実際に組織的に彼らが活動したということはない事実には注意が必要です。

フロイトの精神分析理論の特徴を二つ挙げるとすれば、無意識と、性的決定論としてのリビドー論にあるといえます。新フロイト主義者は無意識を重視するけれども、リビドー論は採用せずに、文化や社会における無意識の分析を行おうとします。当然ながらリビドー論をはねつけ普遍的無意識を想定したユングの考えとも似た部分もあります。

なおフロムの新フロイト主義的な要素に触れておきます。マックス・ヴェーバーは理念型(用語解説参照)を社会学の研究において特に重視しました。実在はせずとも、とある社会的文脈におかれた個人が理念的にどのように行動すべきかを考えるのが理念型の原型にあります。フロムはこの理念型を参照にして、心理学に応用させようとした節があります。つまり実在はしないかもしれないけど、社会において理念型としての人間が無意識を含めて心理学的にどのようにふるまうかを分析できれば、その社会に属する人々の行動の傾向を考えることができる、とフロムは考えて自身の社会心理学を展開しました。

高橋聡より

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