人文科学系、主に哲学の専門用語の解説を中心とした雑記集

今を生きる哲学–ニーチェ『愉しい学問』<序曲>への注釈9

2018/06/17
 
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おはようございます。哲学エバンジェリスト高橋 聡です。あなたは”今を”精一杯生きているでしょうか。過去を振り返って憂鬱になっても仕方がない。今を生きることこそもっともエネルギーを使うべきだというニーチェの教えを紹介します。早速入っていきましょう。

53番 『人間的、あまりに人間的』−−−ある本

来し方を顧みれば、憂鬱で臆病になるもの。

未来を信じられるのは、自分が信じられるときだけ。

おお、鳥よ、自由精神よ、おまえを鷲の仲間に加えようか。

それとも、ウフフと鳴くおまえは、女神ミネルヴァのお気に入りなのか。

ニーチェ『愉しい学問』講談社学術文庫版・森一郎訳

今を生きる

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過去を振り返っても、憂鬱で臆病になる。未来を信じられるのは、自分が信じられるときだけ。でも今は、この瞬間こそは過去も未来もなく、ただ生きることができるだけだ。憂鬱な気分になることもなく、自分を信じられる必要もない。今を精一杯生きることで鳥のように羽ばたくことができる。

鳥とミネルヴァ

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鳥は自由精神だが、鷲の仲間に加えられるのか、そうでないのか。ドイツの哲学者ヘーゲルは『ミネルヴァのふくろうは黄昏に飛ぶ』と言った。そのことにちなんで、ニーチェは鳥は鷲なのか、それともミネルヴァのお気に入り(=フクロウの仲間)なのか、問うているわけ。ヘーゲルの発言の意図は次の通りだ。”哲学はその時代が終りかけの夕暮れのときに哲学として形成されるのだ”。ヘーゲル哲学は過去の振り返りとして哲学が現れてくると言っているのだ。過去を振り返って、未来がどうなるかを思い描くのがヘーゲル哲学の特徴だと言えます。そういう意味で、ヘーゲル哲学は「過去と未来の哲学」ということができます。

ニーチェはそれをもじって引用の詩を書いている。哲学というのは、過去の哲学でも未来の哲学でもなく、今を生きるために孤高に獲物を狙い続けている鷹のように自由精神が規定される”今を生きる哲学”なのだということがここで表明されているんだ。

踏み込んで考える

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この引用の詩53番にニーチェの哲学の核心がある。カントが自由とは「自律」だと言ったのとも違い、またヘーゲルが自由とは「自覚」であると語ったのとも違って、ニーチェの自由とは”今を生きる”ためのリソース(資源)を持ち、鷲のように孤高に今を生きることをさすのだ。過去や未来を患うことに時間を使わず、ただ今を懸命に生きる姿勢こそ、大事なのだ、というわけである。ぼくも結局、この姿勢はすべての成功哲学と通じているとも思えるし、今を懸命に生きない人にできることは限られているのだ。この激動の時代だからこそ、未来が見えずに嘆いている人もいるが、未来などわからなくてあたり前、そもそもすべて予想通りにいくことほど面白くないことはないし、想定外の状況が生じるからこそ今を楽しめるのだ。あなたはどうだろう。過去も未来も気にせず、今を生きるよう!

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