2010-09

mixi日記

目録:ドストエフスキー

ゾシマ長老の指摘―ドストエフスキーの科学に対する見方について
mixi日記

目録:『未来のなかの中世』所収論文シリーズ

草光俊雄「われわれはなぜ過去を問うのか」ジャーヴェーズ・ロッサー「なぜ20世紀末に中世を研究するのか?」新倉俊一「異形の美もしくはファンタスマ」小池寿子「死の中世」池上俊一「中世都市と水」長谷川博子「森と泉の妖精メリュジーヌ」小林康夫「過去...
mixi日記

目録:トルストイ

トルストイ『人生論』 一読目
mixi日記

目録:キルケゴールとニーチェ両人のソクラテス像

ニーチェのソクラテス像についてⅠニーチェのソクラテス像についてⅡキルケゴールのソクラテス像Ⅰキルケゴールのソクラテス像Ⅱニヒリズムの人―キルケゴールとニーチェ 両人のソクラテスから。
mixi日記

目録:デュルケームの人と業績

デュルケームの人と業績①デュルケームの人と業績②『社会分業論』デュルケームの人と業績③『社会学的方法の規準』デュルケームの人と業績④『宗教生活の原初形態』デュルケームの人と業績⑤『自殺論』Ⅰデュルケームの人と業績⑤『自殺論』Ⅱ
mixi日記

過去の日記目録

目録:デュルケームの人と業績目録:キルケゴールとニーチェ両人のソクラテス像『死にいたる病』を読む(現在進行中)目録:トルストイ目録:ドストエフスキー目録:カント目録:ニーチェ目録:トレルチ目録:『未来のなかの中世』所収論文シリーズ目録:精読...
mixi日記

『死にいたる病』4 1-B(1-2)

B この病の普遍性 絶望していない人間など一人もいない、いるとすればそれは真のキリスト者だけである、とキルケゴールは言う。なぜなら絶望することができる動物が人間であるから。 自分は絶望していない、と思っている人がいるとしても、自分が絶望して...
mixi日記

スピノザ 自由意志の否定

「定理48 精神(魂)の中には絶対的な意志、すなわち自由な意志は存しない。むしろ精神は、このこと、あのことを意欲するように原因によって決定され、この原因も他の原因によって決定され、さらにその原因も他の原因によって決定される。そしてこのように...
mixi日記

『死にいたる病』3 1-A-C(1-1-C)

C 絶望は「死にいたる病」である 肉体的な死、それがここでいう死にいたる病の「死」のことではない。キリスト教的にいえば、死は「それ自身、生への移り行き」なのである。 絶望の苦悩は、死ぬことができないことにある。絶望とは、「死という最後の希望...
mixi日記

ベンヤミン「歴史哲学テーゼ」第��テーゼ1

�� よく知られている話しだが、チェスの名手であるロボットが製作されたことがあるという。そのロボットは、相手がどんな手を打ってきても、確実に勝てる手をもって応ずるのだった。それはトルコ風の衣装を着、水ぎせるを口にくわえた人形で、大きなテーブ...
mixi日記

『死にいたる病』2 1-A-B(1-1-B)

B 絶望の可能性と現実性 絶望は、長所であり、短所でもある。絶望するということが、「人間が動物よりすぐれている長所」なのであり、絶望に注意するということが、「キリスト者が自然のまままの人間よりすぐれている長所」なのであり、絶望から癒されてい...
mixi日記

『死にいたる病』1 1-A-A(1-1-A)

第一編 死にいたる病とは絶望のことである A 絶望が死にいたる病であるということ  A 絶望は精神における病、自己における病であり、したがってそれには三つの場合がありうる。絶望して、自己をもっていることを自覚していない場合。絶望して、自己自...
mixi日記

『死にいたる病』を読む。

死にいたる病(副題)教化と覚醒のためのキリスト教的・心理学的論述                    アンチ・クリマクス著                    セーレン・キルケゴール刊                    コペンハーゲ...
mixi日記

『死にいたる病』緒言

「この病は死にいたらない」(ヨハネ11:4)しかしラザロは死んだ。 キリスト教的な意味では、死は最後ではなく、「一切のものを包む永遠なる生命の内部における一つの出来事」にすぎない。「無限に多くの希望が死のうちにある」のだ。それゆえ、「キリス...
mixi日記

『死にいたる病』序

底本は桝田啓三郎訳『死にいたる病』(世界の名著40)を用いる。ただし、斎藤信治訳『死に至る病』(岩波文庫)および、工藤綏夫著『キルケゴール』(センチュリーブックス 人と思想 19清水書院)も参照にする。 まず、アンチ=クリマクス(Anti=...