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永劫回帰|哲学の用語解説

 
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どうもこんばんは、高橋 聡です。オフィスでぼくが座っているところが南に面していて、特に朝から昼間にかけて陽当たりが良すぎて暑い中働いております。パソコンの故障が相変わらず多く、オフィスにいてよかったなと思うことは多いのですけど、暑いのだけ勘弁ですね。まだ4月なのに、暖かすぎませんか?みなさんどう感じておられるでしょうか。

前回の記事|超人

さて前回記事の振り返りに入りましょう。前回はニーチェの重要概念である超人について考えました。自分自身の成長し続ける人間モデルが超人というわけでしたけど、その超人概念がより洗練化されたニーチェの概念こそが、次回あたり紹介する力への意志という概念です。以下にリンクを貼っておきます。
超人は不可能な存在ではなく、ニーチェによると、必然的にならないといけない存在なんです。対義語は末人です。

永劫回帰の概念

永劫回帰は世界の円環運動

永劫回帰はニーチェの後期思想の中心概念のひとつです。永劫回帰はすべての存在と事象が繰り返されることを指し、永遠回帰と呼ばれることもあります。ニーチェは永劫回帰にもっと哲学的な意味を持たせています。それは世界や人生の無意味性と無目的性です。同じように繰り返されるため、人生や世界の一回性も否定されます。これはまさしくニヒリズムの根源の姿です。人間の生も、この世で体験した喜びや苦悩も、共に永遠にループして繰り返されるのです。

聖なる虚言

ニーチェは本当に世界が永劫回帰で存在しているかどうかはあまり重要視しません。むしろ永劫回帰を聖なる虚言と言っています。だから世界の真相としての永劫回帰というよりかは、世界が永劫回帰している仮定した時にどう振る舞えるか、ということが問われている、と考えた方が良いでしょう。
つまり永劫回帰するこの無意味、無目的な世界で君は今の人生に全力でYESと言えるか、そこが問われているのです。

運命愛と超人

この無意味な世界と自分の人生の繰り返しの運命に耐え、この運命さえ愛して、人生を充実して過ごすことが大事なのです。そしてどんな運命をも愛することをニーチェはそのまま運命愛と呼びます。そしてニーチェは、この永劫回帰する世界と人生を愛して、全肯定できる存在のことを超人と再定義したのでした。

運命を自分のものとする

運命を自己のものにすることが、運命愛において大事だとニーチェは主張します。運命を自己のものにするとは、運命の中に自己を投げ込み、真の自己を取り返すことだ、というのです。ハイデガーの投企の概念と近いですね、この辺りの考え方は。
そして運命を愛して、積極的に無意味な世界と人材を生き抜いて、新たな意味と価値を世界に付与すること、これこそが真の創造なのです。こうした運命と一体化した高揚した生の共著に達することができる、とニーチェはいいます。
「これが人生か、さらばもう一度」とニーチェが語るように、限りなく人生を引き受けて生き抜こうとすることこそ、永劫回帰の呪われた運命を愛する運命愛の境地なのです。ニーチェはこうした永劫回帰の肯定、全肯定こそ最高の肯定の形式だと考え、ニヒリズムを超克することのできる生の態度だと主張しました。

永劫回帰講評

永劫回帰とは、この世の現象はすべて永遠にループして繰り返される、というニーチェの思想です。その発想自体がニヒリズムそのものです。ただしニーチェはこの永劫回帰する世界や人生に背を向けず、あるがままに肯定して、愛することで外から与えられた意味や目的に振り回されずに完全な主体性による運命を選び取る立場を取ることができるのだ、考えたのです。そして主体性を発揮できる人間こそ創造者として振る舞うことができる、ニヒリズムを超克する可能性を認めています。無意味な人生をどれほど、愛せるか、あなたも心の中で考えてみましょう。

以上、永劫回帰と運命愛について考えてきました。最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
高橋聡記す

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