人文科学系、主に哲学の専門用語の解説を中心とした雑記集

3.絶望に支配されないためには

2017/09/19
 
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哲学エヴァンジェリスト。 東洋哲学や西洋哲学問わず、面白い哲学をあなたにお伝えします。
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どうも哲学エヴァンジェリスト高橋聡です。今日はブッダの『真理のことば』(ダンマパダ・法句経)のことばをみて絶望に支配されないにはどうすればよいかについて学びましょう。

無力感と動じない心

七 この世のすべてのものをきれいなもの/正しいものだと見なして暮らし、感覚器官の働きを自制せずに、食事の節度を知らないで、なまけて動かない人は、悪魔によって自信喪失し、無力感に支配される。

−−弱い木々が風に倒されるように。

八 この世のすべてのものが汚いもの/良くないものだと見なして暮らし、感覚器官の働きを自制して、食事の節度を知り、信念をもってよく動き努力する人は、悪魔がなにをしようとも動じない。

−−岩山が風によって動かされることがないように。

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 (写真は大阪府岸和田市阿間ヶ滝町の阿弥陀如来 変わった座り方をなさっています)

七と八は対句になっています。ぼくは冒頭に出てくる世界がきれい/汚いとみなすことの重要性はあまり感じません。ブッダが生きた当時のインドの宗教界において、物質界を下に見て霊界を上に見る思想の反映でしょう。ぼくは、世界がきれいか汚いかを決めているのはその人の解釈次第であって、世界が本当にきれいとか汚いとかいうことは決まっていないと考えています。あえていうなら、世界が汚いと考えたほうがよりよく活動できるため、そう仮定しているとぼくはみなしています

冒頭以外の箇所は極めて重要なことが述べられています。感覚器官の働きを自制するとは、感覚的享楽に陥りすぎないようにすることです。快を求めて快におぼれる、ということを避けようということです。食事の節度を知るというのも、結局食欲をコントロールして自分で制する意味があるでしょう。立派な人はすべてにおいて自制を心がけるということです。

自制を心がける

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自制を心がけない人はなまけて動かないで、ちょっとでも悪いことがあったらすぐに自信喪失し、無力感に支配され、何もやる気が起こらなくなります。自制を心がける人は信念をもって行動し、大変悪いことがあっても動じることがありません。

結局のところ、自制を心がける人と心がけない人の最大の違いは何か、というと自制を心がける人は信念をもって行動し、自制を心がけない人は信念がなくただ周りになびいているだけなのです。信念とは何か、それは心の中に軸を持つということです。結局、行動するときの自分の判断基準が定まっていて、ぶれないから悪いことがあってもすぐに気持ちを切り替えて行動することができるのです。

まとめ・信念と自制

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これらを総合すると、自制に励み、信念をもって行動する人は、何事にも動じないから絶望に支配されてなげやりになることはありません

ぼくは以前、自制を心がけず、信念もなくふらふらしていた存在でした。だから絶望に支配されて人生になげやりになっていたのです。現在では食事の節度を知ることを時たま忘れてしまうくらいです。でも、基本的には自制し信念をもって行動するように努めています。だから、何事があってもそう動じることがありません

まずは自制に励みましょう。そのうえで信念をもって行動できるよう、徹底的に考えて行動しましょうね。

信念を持ち自制する人に絶望は生じない

今回学べた内容を簡単に記すと次の通りです。

〇自制に努め、信念をもって行動する人は岩山のように何事にも動じない。

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