2010-09

mixi日記

「同一性」という志向―教育

前に取り上げた「同一性」についてだが、これには教育が重要にかかわってくる。いわゆる愛国的教育というものだ。日本もそこまでいかないと思うかもしれないが、しかし同じ日本人であることを前提として、周りと「同じ」ことをしなければならない、という教育...
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ベンヤミンの弁証法―救済

通常の弁証法は、二分法により積極と消極を区別し、そうして得られた消極部分は積極部分を明白に浮き上がらせる役割をもつのみである。消極部分は排除され、さらにその積極部分を積極と消極を区別し、さらなる積極部分を照らし出す。 プラトンにおいては、こ...
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「同一性」という志向

すべての人は何らかの形で共同体に属する。それは具体的・抽象的を問わず存在している。連合体・国・地域・都道府県なんかがそうであるし、学校・企業などもそうである。さらに血縁的共同体、地縁的共同体などがあるだろう。 そういった社会への強い帰属意識...
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フォイエルバッハ

人間は、個体としての人間と類としての人間に区別され、個体としての人間は有限だが、類としての人間は無限であり完全である。 すなわち、類としての人間は神なのである。「人間と人間の神とは一体である」とフォイエルバッハは言う。 動物は一重の生活を送...
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「数の暴力」

民主主義こそが、すべての人間が自由になるために人間が勝ち取ったものとして学校では教え込まれる。しかし、これは本当に正しいか。本当に民主主義は善なのか。 ところで、政治家がよく言う「民意を問う」の「民意」とはなんであろうか。これは辞書的には「...
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コルサール事件

キルケゴールは有名人こきおろしを得意とする新聞コルサールと対決を挑んだ。 そしてコルサールによるキルケゴールこきおろしが始まった。「二ヶ月ほどの間、ほとんど毎号のように、キルケゴールのせむしや、やせこけた足や、だぶだぶのズボンをだらしなくぶ...
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デュルケーム『社会分業論』 第一版序文

本書の目的―「道徳の科学」(=社会学)を樹立させること。 「道徳は経験的世界の諸理由によって形成され、変形し、維持されるのであって、これらの理由をこそ、道徳の科学が決定しようと試みるのである。」 科学は「行為の志向すべき方向を発見せしめ、わ...
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死と不幸と無知

気を紛らわすこと。 人間は、死と不幸と無知とを癒すことができなかったので、幸福になるために、それらのことについて考えないことにした。 ―パスカル『パンセ』 「死」について考えた人―ハイデガー エミール・デュルケーム 「不幸」について考えた人...
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書評について

mixiにも本やCD、DVDについてのレビューがあります。これがなかなか面白い。レビューはだいたいの人が一読目に見たものを書き、その印象を書き記すというわけです。 ですが、この一読目の印象について書き示すのと、何度も読んでその中の意見を組み...
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小林康夫「過去を問う知」

『未来のなかの中世』所収 「われわれは零から、無から出発することはできません」と筆者は文を始める。「文化」―「われわれにさきだってなされた無数の物事」―とは、「過去の出来事、思考、行為の結果」なのである。人間にかかわるもので歴史的でないもの...
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長谷川博子「森と泉の妖精メリュジーヌ」

今回のお話は「メリュジーヌの物語」から。要約を載せると長くなるので以下で確認してください。メリュジーヌ 一口に中世といっても、その世界をひとしなみに論ずることなどできない。中世から近代に移るに当たって、様々な領域は変化したが、その「中でも重...
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ゾシマ長老の指摘―ドストエフスキーの科学に対する見方について

最近はいつも『未来のなかの中世』所収の論稿をまとめた記事だけを載せていましたが、見てくれてる人も(あまりいないでしょうが)、書いてる方も飽きてきたと思うので少し別の切り口の日記をつけてみようと思いました。 さて、ゾシマ長老が修道僧に対して一...
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池上俊一「中世都市と水」

『未来のなかの中世』所収 現代に比べ、中世ヨーロッパでは水が大きな監視と懸念の的になっていた。水の取り合いで争いも絶えなかった。また水は交通手段、すなわち水運としても利用された。水は中世最大の政治的イシューのひとつだった。 10世紀頃には、...
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小池寿子「死の中世」

『未来のなかの中世』所収 最近はさまざまな分野で「死」についての研究が行われている。それは「生命体としての社会的人間のあり方にかかわる問題」なのである。生と死を対立概念でとらえるのではなく、「生の延長線上の死、また死にいたる緩慢な生」という...
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新倉俊一「異形の美もしくはファンタスマ」

『未来のなかの中世』所収 「中世とは、君、決して楽しい時代ではなかったよ」。 「中世人がひたすら神に帰依し、貧しいながら素朴で充実した安心立命の境地を生きていた」という見方は、幻想にすぎない。中世では、この世を支配する原理として、「二元論的...